台日地区研究 05月13日のクラス  台日地区研究07年記録クラス情報阿川亭ホーム | 2007年度時間割
 

やったこと

@ 北朝鮮拉致問題って何? 
A 外国人恐怖症(Xenophobia) 
B 外国人が声を持つために何が必要なのか 
  
配布資料: 
参考URL: The Rogue's Gallery 蘇る”敵性外国人”
宿題外国人が声を持つために何が必要なのか

@ 北朝鮮拉致問題って何? 

 クラスで宿題について聞いたら、みんな黙ってた・・・でもメールでは、宿題を送ってくれた人たちが少なくない。みんな、ちゃんと主張してね!
ここではショーの答えを見てみようか。 

1970年代から1980年代にかけて、多数の日本人北朝鮮工作員などにより、極秘裏に拉致誘拐監禁されたという事件が頻発した問題。日本政府が認定した拉致被害者は17人(男性8人、女性9人)で、北朝鮮政府側はこのうち13人(男性6人、女性7人)について拉致を公式に認めた。2005427に兵庫県神戸市、元飲食店員拉致容疑事案、20061120日に鳥取県境港市、女性拉致容疑事案がそれぞれ追加された。拉致問題は北朝鮮だけではなく、ヨーロッパにおける日本人の拉致問題もあったが、北朝鮮の方は多かった。拉致問題が生じるの理由は、いくつかあると思う。
.何も無かった朝鮮北部に工業施設を建設し、港を開港させ、鉄道網を敷いた。
.朝鮮人に嫌われていたハングルを学校で教えた。
.インフラ整備をし、医療体制ができた。

朝鮮北部はこういう問題を解決するために、日本人を拉致し、工作員に日本語教育をさせることで韓国・日本に工作員を送り込み破壊活動を行わす為。それに拉致した日本人から技術力を盗むため。

 ショーの答えの出典は何でしょうか?みなさんも、何かを調べたら、その情報の出典がどこかは書いておくようにしましょうね。

 このクラスで「拉致問題」を調べてもらったのは、この「拉致事件」そのものがどのような事件なのかということも知っておいてほしいけれど、「拉致事件」がどのような影響をもたらしているか、ということが《日本の外国人問題》と大きく関わっているからです。⇒ 蘇る”敵性外国人”

 かつて日本国が朝鮮半島から"拉致”した多くの人びとは日本で(広島、長崎の原爆なども含めて)死んだ人も多いけれど、その遺骨を捜して帰すということもしていない日本国。1965年の日韓条約で問題は解決したと主張する日本国。今度も、北朝鮮との国家間の取り決めで「問題解決」されてしまうことを被害者の家族たちは最も恐れていると思います。拉致問題への北朝鮮の「真摯な対応」を要求する日本国には、かつて「真摯な対応」をしなかった前科があるわけです。しかし、日本国は「真摯な対応をしない」北朝鮮を悪者として描き出すことで、日本の人びとの北朝鮮に対する憎悪を増幅させ、その勢いで自衛隊の強化、平和憲法の改変への道を開こうとしているという意見もあります。北朝鮮を悪魔化するだけでなく、北朝鮮籍を持つ在日を潜在的犯罪者扱いしているという意見もあります。

 この問題は、1952年以来ずっと縺れてきた日本の外国人問題を新たな泥沼に引っ張り込むかもしれませんね。


A 外国人恐怖症

 以前にも紹介したことがあるThe Rogue's Galleryから、映像を少し紹介しました。見逃した人は、直接The Rogue's Galleryへ。

 前段で触れた北朝鮮拉致事件をめぐる動きも、日本の外国人恐怖症を上手に利用したものだと思います。上の写真の横田夫婦の背後になぜ「日の丸」が大きく掲げられているか?こういうのを見ると、拉致問題が外国人恐怖症を煽り、国家主義(日本人による日本人の国家)を煽る構造が見えてきませんか?

 外国人恐怖症は、日本だけのものでもないし、最近になって初めて出現したものでもないと思います。過去に外国人恐怖症を上手に利用した例としては、ナチス・ドイツもそうですし、中国などもその好例(?)でしょうね。外国人恐怖症は、外国人を悪魔化することで「われわれ国民」を一体化する―ナショナリズムの高揚を導き出すときに、よく使われてきました。

B 外国人が声を持つために何が必要なのか 

日本語能力、外国人の長期滞在要件に 政府検討 2008/01/15
 高村正彦外相は15日午前の閣議後の記者会見で、日本に長期滞在する外国人の入国や在留期間の延長にあたって、日本語能力を審査基準に追加することを検討する考えを示した。近く外務、法務両省の課長クラスによる検討会を発足させ、具体的な協議に入る。就労目的などで日本に長期滞在する外国人は約200万人いるが、日本語ができないことで子供の不就学や社会保険への未加入などの問題が顕在化している。高村外相は「日本で生活する外国人自身のためにも日本語ができることが生活の質を高めるためにも必要だ」と述べた。

 記事の最後の部分で『高村外相は「日本で生活する外国人自身のためにも日本語ができることが生活の質を高めるためにも必要だ」と述べた。』とあります。なぜ「日本で生活する外国人自身のためにも日本語ができることが生活の質を高めるためにも必要」だということになるのでしょうか?

 常識的に言えば、無論、高村外相の言っていることは理解できますよ。しかし、彼が言っていることは「日本で生活する外国人が日本語ができなければ生活の質を高めることができなくてもしょうがない」あるいは「生活の質を高められなくても自業自得だ」ということでもあります。常識的には納得できることですけれど、それを国の政策というレベルで考えると、何かおかしいのではないかな?

 また、主流言語(この場合は日本語)ができさえすれば「生活の質を高められる」のだろうか?という疑問も湧いてきます。例えば、台湾に来ている”外労”が、中文をペラペラしゃべれたとしたら、その人の「生活の質」は高まるのだろうか?

 宿題は、外国人が声を出すため/声を持つためには何が必要なのか、です。声を出すため/声を持つことは、生活の質を高めることと同義ではないでしょうけれど、生活の質を高めるための必要条件だと思います。何が「質の高い生活」なのかを定義できるのは自分自身でしかないわけですから、自分自身の声というものをもてなければ、その定義を誰かに代わりにやってもらうしかない。で、声を出す/持つためには、何が必要?主流言語を自由に使う能力?・・・さて、みなさんの意見を待ちます。

 

 

台日地区研究ホームツアー写真集コース概要去年のクラス記録(参考)