東海大學日本語文學系所属  
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日本言語政策学会第7回大会予稿集

フィリピンの言語政策研究の課題
松永稔也 (帝塚山大学)

1.はじめに

 言語政策が研究対象として本格的に論じられはじめたのは1960,70年代からであるといわれている。その当初から,フィリピンの言語政策も研究対象とされてきた。
1990年代以降,国際的・内国的移民の増加,マイノリティに対する関心の高まり,言語権の議論の高まりなどにともなって,従来の言語政策研究が看過してきた言語政策研究の課題というべきものが議論されるようになってきている。しかし,こうした言語政策研究の自省・転換に対してフィリピンの言語政策研究は十分に応答しているとは言いがたい。
本発表では,これまでのフィリピンの言語政策研究の傾向を示すとともに,今後の課題について検討する。検討にあたって言語政策研究の歴史的変遷と批判,将来への課題をまとめたJames. W. Tollefsonの論考(2002)を参照する。
本発表では,言語政策そのものよりもむしろ言語政策を研究する態度を問題にしたい。

2.Tollefson (2002)における言語政策研究の限界と課題

 Tollefson(2002)では従来の言語政策研究への批判として,近代化や発展(開発)の重視,効率・合理性・費用便益分析の重視,国民国家を言語政策研究と言語政策実践の焦点としたこと,地方への影響や政策受容側の軽視などを挙げている。
1980年代以降,移民の増加に対する反応,多様性を考慮した言語政策のインパクトなど,近年の動きを反映した新しい言語政策研究の潮流が生まれている。こうした経緯をふまえて,言語政策研究の8つの将来的な方向性・課題を挙げている。
本発表ではそれらの課題のなかでも特に,1.従来型の言語施策(研究)が不平等を拡大してきたことへの検証作業,2.地方・地域という視点の導入の必要性,といった面を見ていく。さらには,Tollefson(2002)で主題的に論じられていない点である,研究者が言語政策に対して,さらにいうと言語と政治,言語と社会に対してどのような関係を結びうるか,あるいはどのような影響を与える可能性があるのかという点についても考えてみたい。

3. フィリピンの言語政策研究の傾向

 本節では,フィリピンにおける主な言語政策研究の論考注1)についてその記述の手法や傾向について言及する。ここでは,言語政策研究の経過の中で各期とされる論考,言語政策に関する論考を多く発表している論者,他の研究者により多く引用されている論考,などを挙げる。
これらの論考は,国家建設における(単一の)国語の必要性という発想(フィリピンの場合はタガログ語)に根ざした議論展開をしている。結果,地方語に関しては主題的に論じない,参照される理論は,言語政策の理論の中でも国家を中心とした言語政策を想定した初期の理論である,それぞれの論者自身によって,また,のちの多くの論者によって引用され,同種の国家中心の言語政策論文が再生産されている,といった傾向を持つ。これらの論考は後の議論の基本文献となっており,研究分野的・社会的影響力が強いといえる。

4.課題へのひとつの回答---地方(語)に配慮した言語政策研究

 もちろん,国家に言及しながらも「地方」を主題化する論文が無いわけではない。ここで言及する論文注2)の多くが,地方の視点を重視し,多言語状況に関する旧来と異なる理論・理念を見据えた議論を展開している。
しかし,多くの論考がフィリピン国外を拠点とする研究者による国外での出版である,特に国内出版の論文における最新理論への関心の欠如,各論考のあいだの引用の少なさが議論共有環境の未整備を示している,など議論が活況を呈さない状況が見えてくる。また教育省という言語政策の実践の場の経験者が結果的に国家よりの記述を行う一方で,高等教育機関における多言語的な教育・研究方針を否定された経験を持つ研究者の例なども見られる。こうした事態はアカデミズムを取り巻く「言語の政治」を暗示しているといえる。

5.改めて(フィリピンの)言語政策研究の今後の課題

 本発表ではフィリピンの言語政策研究の傾向と問題点を,国家と地方という対比を中心にして示した。それをふまえて,これから言語政策研究者が発展的に考えるべき今後の課題を問題提起として以下に示したい。

1. 言語政策研究者の「作為」と「不作為」の問題
→客観的な言語状況の記述が「国史」的なレベルからなされるという前提の再考
→記述すべき言語現象として顕現していないという理由で,主要な言語以外を周辺化する態度=「不作為」が現実の多言語性を見えにくくしていないか
*「過去の(論考の)断罪」ではなく今日的な問題として取り組むには?
2. 少数言語復興運動,言語権といった理論の導入
(一部の)「言語意識の先進地域」における新しい考え方をどうとらえるか
3. 研究者による言語政策への介入の是非の問題
a. 言語政策の記述を旨とすべきであり,言語政策への介入はするべきではない?
b. 言語政策研究,研究者の態度が実際の言語政策に影響を及ぼしている可能性
c. 政策提言---どこから,どのように?

 これらの課題はつまるところ,言語政策研究者が研究対象を,そして自身の研究活動そのものをどのようにとらえていくか,研究活動が実社会とのあいだにどのような関係を持つのか考えることを意味している。そのようにとらえるなら,本発表はフィリピン(研究者)固有の問題ではなく,様々な事例を通して多くの研究者が共有しうる課題といえるのではないだろうか。


1) Frei (1959),Gonzalez(1980)(1990),Bernabe (1987),Sibayan(1999),Rubin(2002)など。
2) Silliman(1976),Benton (1996, 1980),Yabes(1981),Smolicz(1984),Benton (1987,88),Gonzalez(1991),Smolicz and Nical(1997),Quakenbush (1998),Espiritu(1999),Barcenas(2000)など。

6.参考文献(3,4節における言及論文については別記)

Blommaert, Jan (1996) “Language Planning as a Discourse on Language and Society: The Linguistic Ideology of a Scholarly Tradition” Language Problems and Language Planning, Vol. 20, No. 3. John Benjamins Publishing Company. pp. 199-222
Tollefson, James W. (2002) “Limitations of Language Policy and Planning” in Kaplan, Robert B. (ed.) (2002) The Oxford Handbook of Applied Linguistics. Oxford University Press. pp. 416-425

松永稔也 (2003)国家による言語政策と地方語の対応,『社会言語科学会第12回大会発表論文集』 社会言語科学会 pp. 47-52
−(2004)フィリピン・セブアノ語地域の人々の言語観−政治的な動きと人々の意識,ふたつの側面から−,『多言語社会研究会年報』2号 多言語社会研究会 pp. 5-23
−(2005)『フィリピンの言語政策 批判的再検討』博士論文(大阪大学)

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日本言語政策学会での発表2005年11月京都大学
フィリピン言語政策の研究としての課題 その見取り図

社会における言語政策という現象と研究者の関係の結び方

 

 
日本言語政策学会での発表2005年11月京都大学
発表時の参考資料

 

1          フィリピンの言語政策の概要

1.1           フィリピンの言語状況

·       7000以上の島から構成され,8つの主要言語[1]を含め,100以上の言語があるといわれている多言語社会

·       今日に至るまで,主要言語のなかでも母語話者人口からみて抜きんでて優勢を誇る言語はない

·       また度重なる植民地支配による宗主国言語の普及も含め複雑な言語状況にある

言語\年度

1939

1960

1970

1975

1980

1990

1995

タガログ

22.02

21.02

24.48

23.82

29.66

27.93

29.3

セブアノ

16.9

24.11

24.11

24.39

24.2

24.3

21.2

イロカノ

10.58

11.66

11.31

11.14

10.3

9.78

9.3

ヒリガイノン

15.34

10.4

10.21

9.99

9.16

9.34

9.1

ビコラノ

6.66

7.78

6.83

6.96

5.57

5.81

5.7

ワライ

9.14

5.5

4.82

4.62

3.98

4.03

3.8

パンパンガ

4

3.2

3.3

3.43

2.77

3.13

3.0

パンガシナン

4.64

2.46

2.28

2.26

1.84

1.92

 

その他

10.72

13.84

12.64

13.39

12.51

13.76

18.6

フィリピンの主要言語母話者人口の推移 単位%

1.2           国家的な現象を中心とした年表

1565

スペインによる植民支配と共にスペイン語がもたらされる

1863

スペイン本国の指令により公教育を唱える教育法が制定されるが拒否される

1897

ビアク・ナ・バト憲法でタガログ語が初めて公用語化

 

1898

アメリカによる統治開始

1901

英語による公教育開始

1902

約千名のアメリカ人教師をフィリピン各地に派遣

1908

フィリピン大学設立.英語による高等教育.土着語による師範学校の設立案.土着語による国語制定の議論

1935

英語,スペイン語による憲法発布→土着語の一つからの国語制定措置講ずるむねを明記

1936

共和国法第184号(国語法)成立→国語研究所設立

1937

国語研究所,タガログ語を国語の基礎として推挙

大統領令第134号によりタガログ語を国語に制定(実効1939年)

1939

小学校12年で地方語使用が認められる

1940

タガログ語が公用語となることを宣言

中学校で教科言語としてタガログ語を導入.国語研究所作成の国語辞書および文法書発行

1942

日本軍のマニラ占領にともない日本語の教授・普及がはかられる→タガログ語を公用語・国語とする

 

1946

フィリピン共和国独立.コモンウェルス再建,英語が公用語,タガログ語が国語に.

1957

小学校12年で地方語使用が認められる

1959

タガログ語→ピリピノ語

1968

OtanesSibayanによる大規模な言語調査(後の政策決定にも利用される)

1973

憲法改正→フィリピノ語として知られる共通の言語を発展させ,正式採用するべく措置を講じる

1974

二言語教育政策:文系教科=ピリピノ語,理系教科=英語

英語,フィリピノ語の言語教科(地方語による教育廃止)

1979

地方語,改めて補助言語(教授言語)に

1987

新憲法により国語の名称がフィリピノ語に変更,「現存するフィリピンとその他の言語によって発展し,豊かになるべき」言語とされる.二言語教育政策の継続


2          Tollefson (2002)における言語政策研究の限界と課題

言語政策(Language policy and planning: LPP)研究の起源:1960,70年代,社会の発展のために資するような「近代化」および「開発」という実践を目指す

1980年代半ばにはその発展性からくる「楽観論」は幻滅へと転じる

→初期とは重要な性格上の違いをもってLPPが再度関心を持たれている

2.1           Early Development in LPP

初期の言語政策の諸仮説

1.   近代化,発展(開発)というものに重点を置く仮説
Tollefsonの批判:開発モデルの汎用性という幻想,開発が全社会階層に資するとする幻想,諸コミュニティの要望への対応不可能性,開発の効果の単一性

2.   efficiency, rationality, cost-benefit analysis を言語政策における諸決定の評価に用いたこと

3.   国民国家を言語政策研究および言語政策の実践の焦点としたこと
(a) 対象として政府機関を所与としたこと.(b) トップ・ダウンの側面を採用したこと

2.2           Disillusionment and Critique

初期の言語政策研究への批判

1.   「地方」について
初期の言語計画への最も重要な批判は,国家レベルの政策や計画への地方の文脈からの衝撃に関する十分な分析が欠如している.政策と計画の技術的な側面の評価を強調したことが要因

2.   言語政策に影響されるコミュニティの言語活動や言語態度に注目してこなかったこと
言語的マイノリティが国家規模の計画に適応したり,転覆を謀ったり,移行したりする方法についての言及がない.商業的事業,非政府組織,教員団体などの職業者集団の影響の軽視

3.   マイノリティへの貢献を期待された言語政策が,マジョリティの政治経済的優位に利用されたこと

2.3           Recent Revival of LPP

移民の増加,ソビエト崩壊以降の東欧,中央アジアにおけるナショナリズムの隆盛,多言語主義のコストと単一言語主義の貢献という伝統的な仮説の再考などの流れ.

2.4           Future Direction in LPP

1.   言語政策が開発の名のもと不平等を拡大してきたことに関する検証作業
言語政策は経済・政治・社会的不平等を悪化させてきた側面がある.これらは政策の失敗ではなく典型的状況である.故に研究の対象となるべきである.

2.   地方・地域という視点の導入.特に地方における法体系を考慮する視点
言語政策の過程が言語政策が行われる社会政治的文脈の全体の中で理解されるものならば,「地方」の法的な関係性も言語政策研究に統合されるべきである

3.   言語政策と政治理論の節合.言語と権力の関係という視点
最近のいくつかの理論的成果は政治理論と言語政策をつなげる方向にある.言語政策における政治的過程の役割の理解は,言語政策が基本的に権力の追求と維持を含意することへの理解を助ける.

4.   言語政策研究と社会学の関連の重視
言語政策における社会学的な評価,研究成果の欠如が言われている.移民や国家編制,政治的衝突における言語政策の役割を考えた場合,言語政策研究者と社会学との関係が求められる

5.   言語政策におけるイデオロギー的要因の理解のための言説分析研究の活用
話分析研究は,イデオロギーが政策や計画の重要な作用の要因となっていることを示している.言語政策過程における政治指導者をはじめとする公的政治言説とマスメディアの役割を調査する必要がある

6.   国家よりも小さなコミュニティが社会変化をどう経験するか「現実生活の言語政策」の分析の必要性

7.   グローバル化,国際化のなかでの言語政策のあり方
グローバル化の中での移民,外国人労働者の問題,地域共同体のアイデンティティの問題,国際言語の問題など,言語とグローバル化という新しい言語政策の課題

8.   言語政策の施政者に対する言語権の議論の影響
一部の言語政策従事者や国際機関の動向は,言語権という問題について関心を払う必要を示している.

 

*本発表では,2.1の3.や2.2の1.などの批判をふまえて,2.4の1.,2.,3.の国家中心的記述の再考,地方の視点の導入言語と政治(権力)といった点について検証する.なお,Tollefson(2002)では明確に言及されていない言語政策と言語政策研究者の関係(理論と実践,記述と実践の関係)についても考えてみたい.


3          フィリピンの言語政策研究の傾向

. Frei(1959)

·       フィリピンの言語政策研究の中でも最も最初期のもの(1947年に提出された博士論文の一部)

·       language problem(言語問題)の存在を前提として時系列にそった記述

·       他の論考では必ず言及される採択された条文の一部差し替えについては言及していない[2]

2. Gonzalez(1980)

·       Gonzalez自身がたびたび引用,参照する主著の一つ

·       歴史的事実に沿い,タガログ語がフィリピンの国語に制定されていく過程を時系列に沿って論じる

·       国家による言語政策に対して土着諸語の動きにも言及はしているが,それが主題になることはない.

·       理論的支柱としてJoshua Fishmanの言語とナショナリズムに関する論考がたびたび参照されている[3]

3. Bernabe(1987)

·       時系列に沿った記述

·       Neustupnyらの理論を応用して教育における言語政策の4つの過程(言語政策形成,学習計画,実現,評価)を仮説的に設定し,フィリピンの事例をふまえて新たなモデルの提示

4. Sibayan(1999)

·       2.のGonzalezとならんでフィリピンでも最も著名な社会言語学者の一人

·       言語政策に関連する著作も数多く執筆.この論文集には18の言語政策関連の論文が収められている

·       地方語については,使用領域などについてふれられることはあるが主題化はしない[4]

5. Gonzalez(1990)

·       2.のおよそ10 年後の状況を記しているLanguage and Nationalism in the Philippines: An update

·       1987 年憲法の制定議会での言語議論の沈静化に対する驚き

·       フィリピノ語の使用強化を謳う大統領第335 号への反発に対して「同じ議論が繰り返されている」と述べ,また大統領令の意味を理解していないとして批判を行う
→国家の国語政策への確信および国家の言語政策への反発に対する批判

6. Gonzalez(1996)

·       国際雑誌Journal of Multilingual and Multicultural Development 掲載論文

·       国際雑誌への掲載であり,フィリピンの言語状況の概観・紹介という性格も持つ

·       「国語の必要性」:という節題

·       「教授言語」の節:母語教育の重要性が述べる一方で多言語社会で競合する母語が多い場合は不可能

·       参考文献:FishmanHaugenKloss らの196070 年代の論考のみ

7. Rubin(2002)

·       フィリピンの国語の歴史と発展についての論文集

·       全論文がタガログ語で執筆されている(何語で書かれているかが,論文のイデオロギーをも示している)

·       教科書を多く出版している出版社による出版:教科書的な意味合いの強い本

·       この節で挙げたFrei, Gonzalez, Bernabeの著作を参考文献に含む論文[5]あり

 

まとめ

·       国家を中心とした記述

·       多くの論文が国家中心の言語政策の経緯を歴史的事実として記し,地方語に関しては主題的に論じない

·       言語問題(「多言語状況=言語問題」)という論理展開を行う論考が,歴史的事実として引用されている

·       初期の国家の言語政策を想定した理論のみが参照される(Haugen, Fishmanなど)

·       それぞれの論者自身によって,また,のちの多くの論者によって引用され,同種の国家中心の言語政策論文が再生産される(最新の理論的発展への無関心)

4          課題へのひとつの回答---地方(語)に配慮した言語政策研究

地方(語)の主題化:国家に言及しながらも「地方」を主題化する論文(セブアノ語を中心に)

4.1           諸論文の内容

1.   Silliman(1976)では,セブアノ語とともにビサヤ諸語を形成する言語の一つであるヒリガイノン(イロンゴ語)語地域の住民のうち特にエリートとされる人々を対象にインタビュー調査を実施し,英語,国語,地域語に対する言語意識を実証的に分析.「地方」から見た言語政策の記述を試みている

2.   Benton (1996, 1980)は,二言語併用政策がエリートと大衆という社会的差異を生み出すとしている.1930年代の国語制定以降,言語学者がスペイン語,英語,タガログ語以外のフィリピン諸語は単に方言に過ぎないという神話を無意識のうちに育んだ可能性を指摘している.ピリピノ語も含みフィリピン諸語の特別な価値とはそれが大衆の言語だということであり母語教育の重要性は明らかであるとした上で土着語,ピリピノ語,英語の三言語に拠る教育を推奨
言語学者,教育者の社会変化への影響力を批判的に考慮する姿勢を持っている

3.   Yabes(1981)では言語政策と社会的上昇の機会の平等性について言及している.自らの体験をふまえ,一部のエリートの過度の国語ナショナリズムが,その他の言語話者に抑圧状況を強いることを論じている.言語政策は決してマイノリティ集団の抑圧や基本的権利の削減に関与してはならないと結論している[6]

4.   Smolicz(1984)では,植民者言語と土着の少数言語の教育的地位を比較しながらフィリピンの国語政策を論じている.諸言語の蔑視がやがて国語政策への攻撃に転化する前にタガログ・オンリーの政策を転換し,教育にフィリピン諸語を再導入し文語としての発展を援助すべきだと提言している.
言語的同化政策が自言語の「自信のなさ(diffidence)」を招いていると指摘

5.   Benton (1987,88)では,フィリピンにおける言語権についてフィリピンの条約,憲法,教育政策との関わりから検討を行っている.また,特にルソン島北部のコルディレラ自治区における言語政策について詳述している.

6.   Gonzalez(1991)は,セブアノ語地域とタガログ語地域の言語的および社会的ライバル関係について記述している.両地域は政治指導者の出身地としてもライバルであること,中央政府に対するセブの財政的貢献がセブの発展に寄与していないことなど言語的対立との関連要因を示している.
セブアノ語話者は国語を認めていないわけではなく単一言語指向と排外的態度に抵抗していることが述べられている.

7.   Smolicz and Nical(1997)では,一言語=一国家というヨーロッパ的な価値観がフィリピンの言語政策にも見られることを指摘している.単一言語主義が他の言語や集団の抑圧につながることも指摘されている.ワライ語,セブアノ語,イロカノ語話者に対する言語意識の調査を実施し,言語政策と言語状況の実体の比較を行っている.

8.   Quakenbush (1998)は,タイトル通り,「その他の」フィリピン諸言語について言及している.フィリピンの言語の危機言語化に関する議論,タイトルのクォーテーションマーク付きのOtherが示すとおりある言語が「その他(other)」となるということ自体に,注意を促している.言語のみならず言語話者にも目を向ける必要性について言及している

9.    Espiritu(1999)は1988年の大統領令335号の発令に対するセブアノ語地域の「反乱」をふまえて,セブアノ語話者の言語意識について考察している.セブアノ語話者の英語能力の希求,セブアノ語の国語発展への寄与,セブアノ語話者の抵抗は国語に対してではなく,地域の諸言語を無視する態度にあることなどを記述している.国語政策に関するフォーラムでの経験を元に,セブアノ語話者が政策へ理解を示していく過程が「希望的」に述べられている.

10.Barcenas(2000)は1988年以降のセブアノ語地域の言語政策の経過について記述している.この論考は,セブ島で行われた一連の政策的対応を最も詳述している.特筆すべきは,著者はセブ出身のフィリピノ語擁護論者であり,本論文がフィリピノ語の普及を目的とする雑誌上で,フィリピノ語で記述されていることである.そのためだろうか,セブ島での諸政策は終息しフィリピノ語受容に向かいつつあるという結論が示されている.

11.Sibayan(1985; 1986)

12.Hall(1991)など

4.2           コンテクスト各論文のおかれた状況と各論者の関連性

出版状況

·       フィリピンにおける言語調査を多数収集し分析したGonzalez and Bautista (1986) において対象となった82 の研究のうち,地方での調査をあつかったものは30 以上みられるが,その半数近くが地方の人々の国語に関する言語意識・言語使用の調査である.

·       フィリピン国内発行の言語学雑誌であるPhilippine Journal of Linguistics の論文タイトルには,セブアノ語関連のものは7つしか見られない.

·       フィリピンの言語研究を集めたJohnson(1996)Bibliography of Philippine linguistics のインデックスを見ても,全3908 タイトル中セブアノ語のものが222 あり,このうち社会言語学的なものは2タイトルのみ

·       Philippine Encyclopedia of the Social Sciences. Linguistic Society of the Philippines の項目を見ると,「21 世紀に向けてLinguistic Society of the Philippines の果たすべき義務はフィリピノ語の発展と英語の維持である」と述べられている(Philippine Social Science Council, 1994: 302 ).

 

諸論文をめぐる状況,コンテクスト,言語政策研究としての課題

·       フィリピン国外を拠点とする研究者によって発表(1.,2.,4.,5.,7.,12.)

·       発表媒体が国外のもの(1.,4.,6.,7.,11.,12.)
論文自体をフィリピン国内で目にすることは可能→むしろこうした議論が国内で発展しないことが問題
*国内と国外での言語政策議論の対象,理論の間に乖離がある

·       (相互)引用の少なさ→議論共有環境の未整備

·       特に国内出版の論文における最新理論への関心の欠如
(国外媒体である
5.には英語帝国主義批判を展開するRobert Philipson や少数言語話者の教育問題を議論するTove Skutnabb-Kangas ,言語政策の批判的な再検討の論考もあるJames Tollefson の文献が,また8. にはJoshua Fishman の文献が見られる)

·       国家による言語政策の事実追認的態度(8.,9.)

·       研究と政治の接近:6.のGonzalezは研究者かつ,教育省長官経験も持つ

·       3.では大学のピリピノ語コースにおける非タガログ語話者の雇用数の少なさに言及
→教鞭をとっていた大学においてフィリピン諸語の研究に力を入れていたことで,タガログ語擁護論団体から辞任要求が出される
*フィリピンの学術機関においてフィリピン人が研究者としての地位を確保するために,タガログ語の知識とともにタガログ語に対する肯定的な態度が暗に求められている可能性
→言語に対する態度が雇用に影響:アカデミズムを取り巻く言語的な政治性の暗示
→言語的多様性を肯定的にとらえた研究や政策が展開される可能性の喪失の危険性

 

*こうした要素が,地方語を主題化した研究の妨げとなっているのではないか?

 

もし仮に,国語普及政策がその他の言語の抑圧の上に成り立っていて,なおかつ私たちがその「事実」を認識していたとしたら,果たしてどのような態度がとりうるのだろうか?こうしたことを考える際にフィリピンの例は示唆的と言えるのではないだろうか.Tupas2003)は,アメリカ支配と英語普及の関係についてのフィリピンの言語政策関係者の「忘却(forgetting)」を指摘している.この指摘は,フィリピンの「その他」の言語の「忘却」としてもとらえることが可能なのである.

5          改めて(フィリピンの)言語政策研究の今後の課題

問題点

1.   言語政策研究=「国家における言語政策の研究」という見方

2.   言語政策研究の記述的性格の抱える問題.歴史的事実,(国家的)成果のみ重視してしまいがちな点

3.   地方研究(地方への視点/地方からの視点)の発展の可能性と限界

課題

1.   対象への対峙の仕方:言語政策研究者の「不作為」の問題
→記述すべき言語現象として顕現していないという理由で,主要な言語以外を周辺化する態度はどうか
→主要言語以外を記述しない「不作為」が現実の多言語性を見えにくくしていないか
*「過去の(論考の)断罪」ではなく今日的な問題として取り組むには?

2.   理論の導入
少数言語復興運動,言語権など(一部の)「言語意識の先進地域」における言語政策研究の新しい潮流をどうとらえるのか?

3.   研究者による言語政策への介入の是非の問題
a. 言語政策の記述を旨とすべきであり,言語政策への介入はするべきではない?
b. 言語政策研究の記述あるいは研究者の態度が実際の言語政策に影響を及ぼしている可能性(1.で示した「不作為」がもたらす消極的介入)→どう対峙するか
c. 政策提言---どこから,どのように?
→言語政策への関与を考慮した研究のあり方(社会の内側にある社会言語学者)

→社会言語学(者)が言語状況に対する働きかけに積極的に関与している例:カタルーニャ語地域,オクシタン語地域(塚原(2004),佐野(2004))これらは特殊例か?

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参考文献

Albano-Abiera, Aura Berta P. (2002) Kasaysayan ng Wikang Pambansa at ng Papel Nito sa Edukasyon in Rubin et al. Kasaysayan at Pag-unlad ng Wikang Pambansa ng Pilipinas Rex Book store, Inc.

Barcenas, Lourdes (2000) Ang Wikang Filipino sa Cebu: Isang Sulyap sa Kalayaan at Kalagayang Pangwika sa Lalawigan ng Pakikibaka. Daluyan, Tomo IX, Bilang 1-4. Sentro ng Wikang Filipino

Benton, Richard A. (1987-1988) Language Rights in a Philippine Setting. Philippine Journal of Linguistics Vol. 18, No. 2 and Vol. 19, No. 1 Linguistics Society of the Philippines

Benton, Richard A. (1996, 1980) “The Philippine bilingual education program- Education for the masses or the preparation of a new elite?.” Bautista, M. L. (ed)  Readings in Philippine Sociolinguistics. De la Salle University Press.

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[1] タガログ語,セブアノ語,ヒリガイノン語(イロンゴ語),ワライ語(サマール?レイテ語)イロカノ語,ビコラノ語,パンパンガ語,パンガシナン語.タガログ語は首都マニラを含むルソン島中部を中心とする言語.イロカノ語はルソン島北部で使用されている.フィリピン中部で使用されているセブアノ語,ヒリガイノン語,ワライ語の3つはビサヤ諸語と呼ばれる.

[2] 「土着の諸言語からの国語の採択」→「土着の諸言語の一つからの国語の採択」

[3] 言語政策研究の初期である1970年代にFishmanを編者の一人として編纂された言語政策の論文集にフィリピンの言語政策研究者も関わっている.のちにFishmanは逆行的言語取り替えなど少数言語・危機言語の支援にその理論化を進めていくが,Gonzalezを始めフィリピンの研究者の多くが,こうしたFishmanの動きには同調していない.

[4] 同論文集にはLinguistic Minorityというセクションがもうけられ,3編の論文が収められている.

[5] Albano-Abiera Kasaysayan ng Wikang Pambansa at ng Papel Nito sa Edukasyon (「国語と国語の教育上の役割の歴史」)

[6] ただし,Yabesは基本的に英語を初等教育から高等教育までのすべての教科の教授言語とすることを推進している.

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